仙台高等裁判所 昭和30年(ナ)15号 判決 1956年3月01日
原告 佐々木房亀
被告 岩手県選挙管理委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「昭和三十年四月三十日施行された岩手県西磐井郡金沢村議会議員当選の効力に関する訴外菅原新樹の訴願につき被告が同年九月十四日にした裁決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、原告は昭和三十年四月三十日施行された岩手県西磐井郡金沢村議会議員に立候補し七八、四六票の得票により最下位当選者(原告の上位者は高泉亥三郎でその得票は八〇票)となつたものであるところ、次点者訴外菅原新樹(得票数七七、二七)より金沢村選挙管理委員会に対し当選の効力に関する異議の申立を為しこれが棄却せられるや更に被告選挙管理委員会に対し訴願を為し同委員会は昭和三十年九月十四日原決定を取消し原告の当選を無効とする旨の裁決を為し同月二十二日県公報を以てその告示をした。然しながら右裁決は以下に述べる理由により違法である。即ち、
(1) 原裁決は村選挙管理委員会が無効と決定した投票中には「菅原樹治」と判読できる投票が二票存在し、右二票は「菅野新樹」に投票された有効投票とすべきであるとし、その結果これを菅原新樹の得票に加算するときは最下位当選者たる原告の得票数より多くなるとして菅原新樹を当選人とすべきであるとの判断をした。然しながら右二票は記載文字の字画が明瞭を欠き、被告の言うように「菅原樹治」とさえも判読し難いものである。
(2) 仮に右二票が「菅原樹治」と判読できるとしてもこれらが候補者菅原新樹に対する投票とは言い得ない。原裁決は右二票の投票者等がポスター等により候補者菅原新樹の「樹」の文字を印象に残して居たのでこの字は記載したが「新樹」と記載すべきを「樹治」と誤記したのであるというが、村議会議員選挙においてはポスターの使用例は殆どなく又文字に素養のない者が氏名の掲示によつて候補者氏名を印象的にもせよ知り得るということはあり得ない。投票者がもし「シンジ」なる氏名を記載する意思であつたとしたならば「新治」或いは「シン樹」、「シンジ」等とするであろう。
(3) なお選挙の際、候補者の氏名呼称、宣伝には音読する例が甚だ多く、又「キチ」と「ジ」も呼称の際は誤り易いものであるところ、本件選挙の候補者中には「菅原寿吉」なる者が存在し、「寿吉」は「ひさきち」と呼ばず「ジユキチ」と呼ばれることが多いから、前記「樹治」なる投票は「寿吉」に対する投票と認められないこともない。以上の次第であるから右投票は結局候補者中何人の氏名を記載したかこれを確認し難いものとして無効とせねばならないのに原裁決はこれを有効としたのは判断を誤つた違法がある。よつて原裁決の取消を求めるため本訴に及んだと述べた。
被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中冒頭並びに(1)の「菅原樹治」なる氏名の記載された投票を被告が「菅原新樹」に対する有効投票と為したとの点は認めるがその余の主張事実は全部争う。即ち、被告委員会のした裁決が違法であるとなす原告の主張はすべてその理由がない。よつて以下請求原因事実に掲げた番号順に反駁を加える。
(1)について。原告の主張する二票の投票に記載された氏名は誤字ではあるけれども何人が見ても「菅原樹治」と判読できるものであつて原告の主張するように「菅原樹治」とさえも判読できないと言うようなものではない。
(2)、(3)について。およそ投票の効力の決定に当つては立候補制度をとる現行選挙制度の下においては選挙人が立候補者中の何人に投票したものであるかその意思表示をできる限り有効に解釈すべきものであるから不完全な文字で記載された投票についても特定の候補者に対する意思表示と見られる限りできるだけこれを尊重して有効投票とすべきことは云うを俟たないところである。従つて「菅原樹治」と誤記された投票を「菅原新樹」に対する有効投票と判断することは少しも違法ではない。又、候補者菅原寿吉は立候補届及び氏名掲示等も「ひさきち」と為されて居るばかりでなく、原告の居住する地域において同人は「ジユキチ」と呼称されてはいないから「菅原樹治」と記載された投票が候補者菅原寿吉に対する投票と解されないこともないという原告の主張は理由がない。
以上の次第で原告の請求は理由がない、と述べた。(立証省略)
理由
原告が昭和三十年四月三十日施行された岩手県西磐井郡金沢村議会議員選挙に立候補し七八、四六票の得票により最下位当選者(原告の上位者は高泉亥三郎でその得票は八〇票)となつたこと、次点者訴外菅原新樹(得票数七七、二七)が金沢村選挙管理委員会に対し当選の効力に関する異議の申立を為しこれが棄却せられるや更に被告選挙管理委員会に訴願を為し同委員会は昭和三十年九月十四日原決定を取消し原告の当選を無効とする旨の裁決を為し同月二十二日県公報を以てその告示をしたこと、以上の各事実は当事者間に争がない。
よつて原告の右裁決を違法なりとする主張について順次判断を加える。
(1)について。
本件選挙における当選の効力に関する訴外菅原新樹の異議申立に対して岩手県西磐井郡金沢村選挙管理委員会が無効とした「菅原治」(甲第一号証)「菅原」(甲第二号証)と記載された投票を被告選挙管理委員会がいずれも「菅原新樹」に対する有効投票なりと判断したことについては当事者間に争がない。
そこで右各投票であることについて争のない甲第一、二号証を検討すると「治」と「」の各記載はなるほど誤字ではあるけれどもこれを候補者の氏名と照合して判読できない程度のものとは為し得ない。従つて、公職選挙法第六十七条後段の規定の趣旨に従つてこれを有効投票とした被告委員会のこの点に関する裁決は違法ではなく原告の主張は理由がない。
(2)、(3)について。
右二票の各投票者がその投票によつてした意思表示の解釈については前記公職選挙法の規定に従いこれを候補者の氏名と照合するに本件選挙における立候補者中に「菅原新樹」なる者の存することは当事者間に争なく、成立に争のない乙第一号証によれば本件選挙における立候補者中「菅原」なる姓の者は「菅原徳太郎」「菅原寿吉」「菅原新樹」の三名で前記投票の「」「」の各記載はいずれも「樹」の字の誤記と認められ、且つ候補者「菅原寿吉」の名の呼称は成立に争のない乙第二号証によれば「ひさきち」であつて「じゆきち」でないことは明らかであるから前記各二票の記載はいずれも候補者「菅原新樹」に対する投票の意思表示としてなされたものと解するのが相当である。
而して本件選挙における右二票を除いた各得票数が原告は七八、四六票で訴外菅原新樹が七七、二七票であつたことは当事者間に争のないところであるから右二票を菅原新樹の右得票に加算するときは原告よりもその得票数が多くなることは計算上明らかであるから原告の当選を無効なりとした被告委員会の裁決は正当であつてこれが取消を求める原告の本訴請求は失当なるものとして棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 檀崎喜作 石井義彦 沼尻芳孝)